下校会話 御影小次郎

 

教会の噂

「なあ、はば学の伝説って知ってるか?学校にある教会の話。」

「はい、王子様の帰りを待つお姫様の話ですよね。」

「やっぱり有名なんだな。結婚の条件に無理難題を出されて、旅に出た王子の帰りを待つお姫様。よくある話だけどさ、俺は帰ってきた王子との結婚をちゃんと許した王様が偉いと思う。」

「そっか、王様の理解がないと二人は結ばれないですから。」

「そう、この伝説の影のMVPは王様だよ。普通さ、難癖付けたり、タイムアップとか新ルール作ったりしそうじゃん。今や、はば学生が教会で告白すると結ばれるんだろ?王様に感謝しねぇとな。」

「ふふっ、この伝説で王様のこと考えたことなかったかも。」

「若い二人も立派だけど、これは王様の慈悲の話だぜ?」

(……という話をしながら、二人で楽しく下校した)

 

「うちの学校にある教会の伝説。色々あるよな?」

「はい。王子様とお姫様のが有名ですけど。」

「王子でも姫でもない。氷室教頭の恋の話だ。」

「ええっ!?」

「なんでも、あそこで大切な人と待ち合わせをしたのに、相手が時間を間違えちまったんだと。……で、その人とはすれ違ったまま。それ以来、氷室教頭は一秒たりとも遅刻を許さなくなったとか。」

「本当ですか?」

「さあな?ただ、氷室教頭が遅刻を許さないのは事実。噂には、ひとかけらの真実が含まれてることがある。その話に近い何かがあったのかもな?」

「氷室先生の恋の話……なんか、素敵ですね。」

「怖くて本人には確認できねぇけどな。」

「気になるなぁ……」

「ダメだぞ。その好奇心が命取りになる。」

(……という話をしながら、二人で楽しく下校した)

 

「なあ、教会の噂、なんか増えてきてるよな?」

「どんな噂ですか?」

「それがさ。あそこで俺がダチョウを飼育してるとか。」

「ええっ!? 本当ですか?」

「育ててねぇよ。だいたいなんでダチョウなんだよ。牛とか馬とか羊なら、まぁわかんないでもないけど。」

「心当たりはないんですか?」

「ダチョウの肉は好きだよ。興味あるし家でも食べる。」

「え? 美味しいんですか?」

「ダチョウ肉は全て赤身で、低カロリー、高たんぱくの超健康食材だぜ?
 みたいなことは聞かれりゃしゃべってるよ。」

「じゃあ、きっと御影先生の話を聞いた誰かが作ったんですね。」

「それだけじゃない。そのダチョウが繁殖して、脱走を始めたとか。」

「う、ウソなんですよね……?」

「ああ。でもさ、そんな話が職員室で話題になると、氷室教頭の耳に入るだろ?恐ぇんだよ。」

「ええ? でもウソなら……」

「はぁ……噂にはさ、ひとかけらの真実があったりするから困ってんだ。」

(御影先生、なにか教会でやってるのかな……)

 

誕生日前

「そういえば、もうすぐ御影先生の誕生日ですね。」

「……そうだな。」

「うれしくないんですか?」

「全然、嬉しくないね。毎年少しずつ首が絞まってく感じだよ……あー、やだやだ。」

「わたしは御影先生の誕生日、お祝いできるの、うれしいですよ?」

「そっか。おまえのお祝いだけが、救いだぜ。」

「はい、期待しててください。何か欲しいものありますか?」

「おまえたちと一緒に入学式からもう一度やり直す権利。」

「ええ?」

「冗談だよ……」

(御影先生の欲しいものってなんだろう……? 時間なのかな……)

 

体育祭前

「もうすぐ体育祭ですね。」

「ああ、楽しみだな!勝っても負けても文句はねぇ。」

「ふふっ、御影先生、生徒より気合入ってますね?」

「高校生の体育祭なんて、思い出作りの最たるもんだろ。遠慮してたら、後悔しか生まれないぞ。◯◯、全競技本気で勝ちに行こうな。」

「運営じゃなくて、参加する気満々なんですね?」

「あー、どっちもやるぜ?お祭り男の血が騒ぐ。」

「ハッスルした先生や父兄が怪我されることってよくあるので、注意ですよ?」

「俺、それ憧れなんだよな~。」

「ええ? 怪我したらダメですよ。」

「そうなんだけどさ。名誉の負傷?体育祭終わってもしばらく、余韻続くしさ。絶対忘れられない、思い出になるじゃん。」

(この学校で一番、体育祭を楽しみにしてるのは御影先生なんじゃ……?)

 

期末テスト前

「もうすぐ期末テストですね……」

「そうなんだよな……」

「えぇと、先生もテストって憂鬱なんですか?」

「憂鬱。問題作るのが嫌だよ。みんなに100点取ってもらいたいけど、それじゃ成績付けられないだろ?だからさ、基礎・応用問題だけじゃなく、ひっかけや重箱の隅をつつくような問題で、優劣つくように作るんだ。」

「そうなんですね……大変そう。」

「ああ、性格歪むよ。俺は高校生活は大好きだ。どんな行事も楽しくって仕方ねぇ。でもテスト作りだけは性に合わない。」

「御影先生の好きなように問題作ってくれたら、みんな成績良くなりそうなのに。」

「一度、それやってさ、氷室教頭にこっぴどく搾られてんだ。もう、ごめんだ……」

(御影先生の方が大変そう……わたしはただ勉強すればいいんだもんね。がんばろうっと!)

 

夏休み前

「もうすぐ夏休みですね。」

「そうだな~。おまえは、夏休みどう過ごすんだ。」

「たくさん遊びたいですね。……あ、勉強もしますよ。」

「いいな。時々、俺も混ぜてくれよ。」

「ふふっ、いいですよ。御影先生の楽しみは?」

「楽しみって言えばさ、やっぱり登校日だろ。」

「ええっ!?」

「そんなに変か?植物の世話で毎日学校来るけどさ、やっぱみんながいないと寂しいもんだぜ。理科準備室でお茶飲んでても、学校中がシーンとしててさ。」

「御影先生は本当に学校が好きなんですね。」

「毎日、学校に行ってても、おまえたちがいないとつまんないって言ってんだよ。学校好きなら、そんなことないだろ。」

「学校でみんなと過ごすことが好きなんですね。」

「そういうことだ。だから、夏休みはちと退屈だ。」

(御影先生の夏休みの楽しみは登校日、と……)

 

修学旅行前

「もうすぐ修学旅行ですね。」

「ああ、俺 長崎、行ったことないからさ もう今から眠れねぇ~。」

「ちょっと早すぎますよ?」

「なんだ、ずいぶん冷静じゃん。引率がこんなにテンション上がってんだぜ?おまえは何が楽しみなんだ?」

眼鏡橋ですかね。」

「いいね~。即答する感じが、俺は好きだ。あ、ちなみに俺は風呂からの枕投げの流れ。これは俺の憧れでもあるからな。」

「えーと、先生は一緒にお風呂に入らないし、枕投げは注意する方だと……」

「そう……なのか?」

「はい。また、氷室先生に怒られちゃいますよ?」

「そりゃ困るよ。でもさ、怒られる程度なら枕投げやりてぇな……やっぱ、ダメか~。」

「えぇと、ほかにも楽しみ見つければいいと思います。」

「他にか……考えてみるよ。はぁ、こりゃ本格的に寝られないな。」

(御影先生、引率するつもりはないみたい……)

 

文化祭前(通常)

「もうすぐ文化祭ですね。」

「そうだな。本番も楽しみだけどさ、ワイワイ過ごす準備期間もいいよな。」

「はい、うちのクラスは準備期間の参加率高いですね。」

「夕方までみんな夢中でやるもんな~。」

「御影先生が率先して手伝ってくれるからですよ。」

「DIYで鍛えたトンカチさばき、見せたくて仕方ないんだ。」

「そうなんですか?」

「まあな。でもさ、俺だって、生徒が主役っていうのはわかってるからさ。しゃしゃり出てんのは準備期間だけ。ここだけちょっと張り切らせてくれよ?」

「はい。でも、本番も御影先生が目立ってくれた方が、みんな喜ぶかも。」

「何言ってんだよ。主役はおまえたち。俺はみんなの学校生活に便乗してんだ。」

(ふふっ、わたしのクラスの団結力は、御影先生が率先して楽しんでいるからなんだろうな……)

 

文化祭前(園芸部)

「もうすぐ文化祭ですね。」

「おう。販売用の野菜もちょうど食べ頃だし、今年はいいタイミングになりそうだな。」

「はい。ハーブも立派に育ちました。」

「お茶にするのもいいし、フレッシュハーブで楽しんでもらうのもいい―― はぁ……とは言えさ……手塩にかけた娘を嫁に出す気分だよな。」

「お客さんが喜んでくれますよ?」

「おまえは、賢いな。俺はそんなにピシッと割り切れない。ま、俺が踏ん切り悪いのはこれに限ったことじゃねぇな。」

「え?」

「あと何回文化祭すれば、おまえみたいな賢い考えができるかなって思ってさ。」

「御影先生と一緒の文化祭なら何度でもしたいですよ?」

「ほんとか?嬉しいこと言ってくれるな。じゃあ、今年は特別に一番キレイに育った子も即売に出すか?」

(御影先生、これまでずっとお気に入りの野菜は出品してなかったみたい……)

 

文化祭前(学園演劇)

「もうすぐ文化祭ですね。学園演劇、大丈夫かな……」

「なんだ、そんなこと気にしてたのか?絶対に上手くいく。俺が保証するよ。」

「すごい自信ですね。」

「おまえたちの練習や準備を最初からずーっと一緒にやってた俺が言うんだ。」

「はい。舞台準備から台本や演技まで、御影先生は全部のサポートをしてくれました。」

「だろ?だから俺が大丈夫って言ったら大丈夫だ。安心して、やれることやれよ。」

「はい……でも、失敗したらみんなに迷惑が……」

「一生懸命、仲間と準備できたろ?本番の舞台で何が起きても、最高の思い出になるんだ。だから、もう失敗ルートはない。人生の宝物は入手確定してんだぜ。」

「そうなのかな……」

「そうだよ。あとは、おまえがどういう成功の形にするかって話だ。」

(みんなだけじゃなくて、準備を全て手伝ってくれた御影先生のためにも、最高の形にしたいな……)

 

冬休み前

「もうすぐ冬休みですね。」

「そうだな……」

「楽しみじゃないんですか?」

「はば学のクリスマスパーティーまでは、超楽しみなんだけどさ、年末年始は気が重い。」

「何かあるんですか?」

「毎年、実家で親類縁者、従業員が一堂に会するんだ。こればっかりは逃げらんねぇ。毎年聞かれることは同じ、答えることも同じ。氷漬けにした会話を、解凍する感じだよ。」

「大変そうですね。」

「ごめんごめん、つまんないこと言っちまった。」

「あ、でも、モーリィちゃんには会えるんですか?」

「おう、それだけでも、帰る意味あるよな。あの子は毎年俺を歓迎してくれんだ。変わらぬ愛ってやつだな。冬休みはおまえの顔見られないけど、モーリィの顔は見られる。俺の楽しみはそれだけだ。」

「よかったですね。モーリィちゃんによろしく伝えてください。」

「ああ、でもあの子、嫉妬深いところあるからなー。黙っておいた方がいいかもな?」

(モーリィちゃんがわたしに嫉妬??)

 

春休み前

「もうすぐ春休みですね。」

「一年間、ありがとうな。おまえたちの担任できて、楽しかったぜ。」

「わたしたちもすごく楽しかったです。クラス替えですもんね……」

「こらこら、そんな顔すんなって。クラス替えって言えば、学校生活の一大イベントだろ? 席替えの最上位的な?」

「でも、担任は御影先生がいいです。」

「嬉しいこと言うんだな。俺だって一緒だよ。でもさ、はば学にはいろんな先生がいんだぜ?卒業して、はば学を思い出すとき、ひとりの担任より、色々な先生を思い出せた方がいいって思うけどな?」

「えぇと……御影先生はわたしたちだけじゃなくて、色々な生徒の担任になりたいんですか?」

「お、厳しいところ攻めてきたな~。俺はずーっとおまえの担任がいいよ?」

「え?」

「厳しいコースで、お返しだ。」

(えぇと……御影先生、今、『おまえたち』じゃなくて、『おまえ』って……)

 

卒業前

「もうすぐ卒業ですね……」

「そうだな……おまえらと過ごした三年間は本当に楽しかったよ。」

「はい。御影先生、ありがとうございます……」

「こらこら、まだ早ぇよ。もう少しだけ、残りの高校生活楽しもうぜ? な?」

「はい。」

「先生から1つ忠告。できなかったこと沢山あると思うけどさ、それを引きずる必要ないぞ。できなかったことより、できたことを思い出して、生きてけよ。」

「できたこと……」

「小さいことでもいいんだ。 例えば……三年間同じ担任でも我慢できたな~とか?ガキみたいな担任と学校行事だけは楽しくできたな~とか。」

「はい。素敵な担任の先生と奇跡的に三年間一緒で色々なことができました。」

「さすが俺の自慢の真面目ちゃんだ。話が早い。 できたことを大切にして、人生で何度も思い出せばいい。そしたら、妙な後悔にとらわれることもなく、ずーっと前に進んでいける。」

「はい!」

「卒業前にいいこと言っちまった。本番で同じこと言っても、初見の感じで頼んだぞ?」

(御影先生と一緒にいられるのもあと少し。やっぱり寂しいな……)