下校会話 氷室一紀

 

教会の噂

「ね、知ってる?学校にある教会には、伝説があるんだって。」

「その話か…… 興味ない。」

「つれないなぁ。」

「教会で待つお姫様のもとに王子様が現れ、その後、結ばれた二人は幸せに暮らすだなんて…… だいたい、王子様とお姫様って言われても現実的じゃない。」

「……詳しいね?」

「詳しいってほどでもない。実際、それに近いエピソードもあったせいで、この噂はいつまで経っても消えないんだ。」

「……やっぱり詳しいね?」

「詳しくない。」

(素直じゃないなあ……)

 

「ね、知ってる? 教会に関する別の伝説。」

「ステンドグラスの下で手をたたくと願い事が叶うってヤツでしょ。眉唾もいいとこ。」

「なんだあ。」

「勝手な時なだけ、頼られてお願いごとされる神様も大変。 ま……腹痛の時は仕方ないけど。」

「え? お腹が痛い時は、氷室くんも祈るんだ?」

「他にすがれるものないだろ。」

「ふふ、たしかに。わたしもあるかも。」

「言っておくけど、君とは祈る頻度が違うから。あくまで緊急事態の時のみだから。」

「う、うん。」

「……わかってない、絶対。」

(話は伝説からズレていったけど、氷室くんと楽しく下校した)

 

「学校にある教会には伝説があるんだけど、たくさんエピソードがありすぎて、全貌がわからないんだよね。」

「僕も1つ聞いた。」

「えっ、なに?」

「うちの親戚が教会で何かやってるって。」

「親戚って、氷室教頭のこと?」

「そう。秘密の実験だとか、黒魔術の儀式だとか、いろいろ推測されてる。ま、くだらない噂話。」

「氷室教頭と教会……やっぱり結びつかないもんね。」

「それはどうかな?」

「え、どうして?」

「あの人、案外ロマンチストらしいから。」

「え?」

「王子様とお姫様の伝説とか、信じてたりして。」

「ええ!?」

(……と、いうようなことを話しながら楽しく下校した)

 

誕生日前

「そういえば氷室くんの誕生日、もうすぐだっけ?」

「そうかもね。」

「覚えてないの?」

「まさか。ただ興味ないだけ。誕生日なんて、単なる日常の一日だろ。年なんて、この瞬間にも重ねてるんだし。」

「……ドライすぎない?」

「そう?……ま、誰かが祝ってくれるなら、ある意味特別なのかも。」

「氷室くんは誰からも祝ってもらえないの?」

「淋しい人みたいに言うのやめて。家族から祝ってもらってる。」

「だったら、特別でしょ? あとは、お友だちからは?」

「言えば祝ってくれるんじゃない?でも、自ら誕生日を伝えてわざわざ気を遣わせる意味がわかんない。だから誰にも言いたくないし、人の誕生日なんか知りたくもない。」

(ううーん……)

 

体育祭前

「もうすぐ体育祭だね。」

「それが?」

「がんばろうとかないの?」

「適度には。」

「運動できるんだから、がんばればいいのに。」

「目立つの、面倒くさい。絶対、いじられるし。」

「いじられる?」

「『氷室なのに運動できるんだ?』とか、『勉強だけじゃないんだ?』とか。いったい、どこから運動できないキャラが定着したわけ?」

「ううーん。」

「まさか……レーイチさん?」

「そういえば、氷室教頭って運動得意なのかな?」

「わからない……けど今思えば、レーイチさんが走ってるところ見たことない。学校ではもちろん、親族での集まりの時ですら全くないな。」

「廊下も絶対に走らないもんね。あ、もしかしたら体育祭で見られるかも?」

「なるほど……なんとかして走らせてみるか。」

(違うことにやる気出ちゃったみたい)

 

期末テスト前

「もうすぐ期末テストだね。」

「それが?」

「それがって……勉強しないの?」

「その質問、普段からやってない人ならではの発想。」

「う……」

「夏休みの宿題もそうだけど、土壇場で慌てだす人たちの心理がわからない。こっちは前倒しで済ませたい気持ちを抑えるのに必死。」

「テストの前倒し?」

「そう、人それぞれペースってあるから。」

「すごい。」

「できることなら、高校三年間の授業も、受験も、前倒しで全て終わらせたいけどね。ま、そうなるとどこまで前倒しすればいいのかが、迷いどころだけど……」

(秀才には秀才なりの悩みがあるんだなあ……)

 

夏休み前

「もうすぐ夏休みだね。氷室くんはどうするの?」

「べつに。」

「えっ、何もしないの?」

「捉え方が極端。いつもどおり過ごすし。」

「でも、学校がない分、自由な時間は増えるけど。」

「空いた時間はサーフィンするかも。」

「なるほど。波に乗るには、いい季節だしね?」

「なにそれ。まるで波に乗ったことがあるような言い方。」

「あ……ごめん。調子のっちゃった。」

「いいよ。気持ちいいのは事実だし。気が向いたら、君も乗れば?案外、新しい扉、開けるかも。」

「うーん……できるかな。」

「始めてみないことにはわからないね。」

(まあ、たしかに)

 

修学旅行前

「もうすぐ修学旅行か。」

「あ、そ。せいぜい楽しんできたら?」

「あ、突き放した言い方。」

「関係ないし。」

「おみやげ買ってきてあげないよ?」

「……頼んでないし。」

「氷室くんも一緒に行けたらいいのにね?」

飛び級でもしろって?」

「氷室くんならできそう。」

「残念ながら、この国にはその制度ないから。」

「あったらするの?」

「ケースバイケース。……ま、するのも悪くないかも。」

「そしたら、一緒に修学旅行行けるね?」

「ナンセンスならぬノーセンス。発想が単純。」

「でもまあ、来年には行けるよ?」

「だから違うって!」

(……氷室くんにおみやげ買ってこようかな)

 

文化祭前(通常)

「もうすぐ文化祭だね。」

「それが?」

「興味ないの?」

「周りが浮かれると、冷める。」

「氷室くんらしいかも。」

「君は?」

「うん、楽しみだよ。みんなで何かを準備するなんてなかなかできないし。」

「ふーん……」

「氷室くんのクラスは何をするの?」

「さあ?」

「それぐらい把握しておこうよ……」

「文化祭までに把握するし。君も気になるなら、当日来たら?」

(氷室くんのクラス、行ってみようかな?)

 

文化祭前(学園演劇)

「もうすぐ文化祭だけど、学園演劇どうなるかな?」

「どうもこうも、配役も脚本も既に決まってるんだから、あとはやるしかないでしょ。不安に思うなら、その分、準備と努力を重ねるだけ。以上。」

「そうだけど……氷室くんは不安になったりしないの?」

「ハァ……僕も人間なんだけど。プレッシャーくらい、感じる。」

「あ、そうなんだ?」

「それに、今回は学年を越えての合同作業。君も一緒なわけだし……余計失敗できないでしょ。」

「う、うん?」

「だから、さっきの言葉は自分に向けたものでもあるわけ。……気、引き締めないと。」

(わたしが一緒だと、余計に失敗できない……?どういう意味だろう……)

 

冬休み前

「氷室くんは冬休みはどう過ごすの?」

「年末年始はイベントが多いからね。親戚に挨拶とかで引きずり回されて終わりそう。」

「それは、大変だね。」

「本当、親戚付き合いって大変。けど、無下にするわけにもいかないし。」

「ふふ、偉いね。」

「親しき仲にも礼儀あり。けじめだけはきっちりしないと。」

「たしかに、そういうところしっかりしてそうなお家だよね。」

「それって偏見。」

「そうかなあ? でも、事実しっかりしてない?」

「イコール氷室らしいには繋がらないから。 まったく……」

(『氷室の名前』については、すごく敏感だな……)

 

春休み前

「もうすぐ春休みだけど、氷室くんはどうするの?」

「さあ? 適当に過ごしてるんじゃない?」

「適当……」

「いい加減っていう意味じゃないから。適度にほどよく。」

「ほどよく運動して、ほどよく勉強?」

「そ。で、ほどよく休む。」

「健康的な生活になりそう。」

「ま、普段とあまり変わらないけど。君はどうするの?」

「うーん……具体的には考えてないけど、遊びには行きたいかな。」

「ふーん、そう。」

「よかったら、氷室くんも一緒に遊ばない?」

「……気が向いたら。」

「うん!」

(氷室くんとも遊べたらいいな)

 

卒業前

「もうすぐ卒業か……」

「卒業できるんだ?留年じゃなくて?」

「もう!」

「ま、先に入ったんだから、先に出てくのは自然の理だね。」

「氷室くんは、寂しがってくれないんだ?」

「べつに。むしろ学校は静かになっていいかも。君の学年ってうるさいし。」

「そっか……」

「……そんな顔しないでくれない?どんだけ寂しがったって、一緒に卒業できないことには変わりないんだから。」

(氷室くん……)