下校会話 柊夜ノ介

 

教会の噂

「あなたは、はば学の敷地内にある教会の伝説、知ってます?」

「えぇと……王子様とお姫様の?」

「真っ先に出てくるってことは、それが本命なのかな。実は新しい創作演目を考えていてね。そこで、はば学の伝説を題材にできないかと思っています。」

「劇団はばたきの公演に?」

「そう。せっかくの市民劇団です。地元の皆さんに馴染みがある方が、喜んでいただけるでしょう?僕が聞いただけでも、結構な数があったから、女子の間の噂とか、面白いのがあったら、是非教えてください。」

(……演劇の題材になりそうなもの、あるといいんだけど)

 

「そういえば、教会の気になる噂を教えてもらいましたよ。」

「どんな噂?」

「閉ざされた教会の奥は、完全に御影先生に占拠されて今やビニールハウス状態なんだとか。」

「ええ?」

「それだけじゃない。教会の近くで『モォ~』という鳴き声を耳にした生徒がいるらしいです。」

「……牛?」

「ええ、御影先生がご実家で可愛がられていた仔牛だとか。」

「まさか……でも御影先生なら……」

「にわかには信じられませんが、火のないところに煙は立たない。どこまでが本当でどこからがでたらめなのか 今度ご本人に確認してみますね。」

(わたしの知ってる噂とは全然違うけど、気になるかも)

 

「教会の噂のこと、御影先生に確かめましたよ。」

「えっ、どうだった?」

「教会の中を御影先生が勝手に菜園として使って、牛まで飼っているという噂はデマのようですね。」

「うん、だよね。」

「でも、その代わりに真相を教えてくれました。来る終末の日に向けて、教会の地下で、LEDで育つ野菜の実験をしているらしいです。そして、その植物で家畜を育てているとか。」

「えぇと……それじゃ、前の噂のままだよね?」

「あれ?そうですね。でも、もっと裏がありそうな口ぶりでしたね。何しろ、その音頭を取っている人物が、氷室教頭と天之橋理事長らしいですから。」

「御影先生が言ってたの?」

「ええ……いいですか?これは僕とあなたの秘密。わかりましたね。」

「えぇと、うん……」

「情報が洩れれば、御影先生が免職になってしまうそうです。」

(柊くん、御影先生に遊ばれてる?)

 

誕生日前

「そうだ、柊くんの誕生日、もうすぐだよね?」

「ええ。実はこの時期、お客様や講演会の方から贈り物を沢山いただくんです。」

「まだ誕生日前なのに?」

「そうですね。誕生月の間はよくいただきます。ありがたいことです。」

「なるほど……高価なものがたくさん届くんだろうな。」

「ええ、身に余るような品もいただきますね。」

「わたしが贈り物しても、見劣りしちゃうだろうな。」

「すみません、無神経でした。もし、あなたから頂けるのでしたらそれは別格です。いや、それではお客様に失礼ですね……なんと言えば誤解なくお伝えできるのか。」

(人気者も大変だ……)

 

体育祭前

「そういえば、もうすぐ体育祭だね。」

「ええ、とても楽しみです。」

「柊くん、そんなに運動が好きだったっけ?」

「運動というか、運動会が好きですね。どんな競技でも、僕にとっては新鮮。」

「そっか。小中学校の頃は、あまり参加できなかったんだ?」

「ええ。これでも一応、物心ついた時には看板役者でしたので。」

「それじゃ、当時の分まで、はば学の体育祭思いっ切り楽しもうね。」

「ええ。どんな競技にも全力で参加します。 そうだ、1つ質問いいですか?大玉転がしって、どういう競技?」

「えぇと、その名の通りだよ。大きな玉を転がすの。」

「未知の体験ですね。まず、人生で大玉に出会ったことがない。その上、それを転がすなんて……楽しみです。」

(柊くん、どういう想像してるのかな?)

 

期末テスト前

「もうすぐ期末テストだね。柊くん、勉強は順調?」

「やる気だけはあります。」

「えぇと、どうしたの?」

「みんなと学力の差がありすぎて、やる気はあっても、実績は伴いません。」

「柊くん、忙しいから仕方ないよ。」

「それは今に始まったことではありません。はば学に入学させていただいた条件も、しっかり学業を修めることですし。 僕は付け焼き刃でも一夜漬けでも、実績を残したい。1点でも2点でももらいたいです。」

「わたしも柊くんを見習わなきゃ。」

「はい。いくらわからなくても、何かしらの答えを答案用紙に書く。これが僕が自分に課したテーマです。 なにせ、補修を受けるにしても、何がわからないかくらい、知っておかないとね。」

(柊くんが普通に学校に通えていたら 勉強もすごくできたんだろうな)

 

夏休み前

「もうすぐ夏休みだけど、何か予定ってある?」

「夏休みの特別公演は予定してますけど、高校生としての予定は特にないですね。」

「そっか……」

「あ、こっそり狙ってるのは。なんとか時間を作って、縁日を見に行きたいって思ってます。」

「へぇ、何かお目当てがあるの?」

「まずは、焼きそば。好きなんだ、目玉焼きがのってる縁日の焼きそば。あれは買ってきてもらうより、自分で買って、外で食べたい。」

「ふふっ、何となくわかる気がする。」

「でしょう? 焼きもろこし、イカ焼きなんかも。」

「ふふっ、柊くん 屋台の食べ物が好きなんだね?」

「そうかもしれません。ソースや醤油の焦げた匂い……
 ……あれ?なんか匂いしてきた?」

「ふふっ、わたしもお腹が空いてきちゃったよ。」

 

修学旅行前

「もうすぐ修学旅行だね!」

「ええ、長崎です。」

「柊くんは、長崎に行ったことあるの?」

「公演で何度か行きました。異国情緒あふれる良いところでしたよ。」

「そっか。じゃあ、今更って感じかな?」

「とんでもない。公演で行くのと学校行事では全く違う。なにせ観光はしたことありません。」

「そっか、じゃあ初めての長崎観光だね?」

「ええ、全てが新鮮です。あ、1つありました。通いなれた場所。……ちゃんぽんのお店です。」

「ええ? いきつけのお店?」

「後援者の方に何度かご案内いただきました。……とてもおすすめ。 自由行動ってありましたね?」

「うん、あるよ。」

「自由って、本当に自由?」

「うん、たぶん。」

「楽しみですね。修学旅行。」

(ふふっ、柊くんの自由行動は、もう決まったみたい)

 

文化祭前(通常)

「文化祭、楽しみだね!」

「ええ、生徒会執行部で運営のお手伝いができます。」

「そっか。柊くん、文化祭でも忙しそう。」

「いえいえ。正直、楽しみです。裏方さんのお仕事。座長になってからは色々見てますが、運営をメインでさせていただくのは初めてだから。」

「そっか、普段は舞台に立つ側だもんね。」

「しかも学園演劇だけじゃないんです。クラス展示の照明設置、出店の発電機の準備までね。」

「ふふっ、柊くん楽しそう。」

「ええ、文化祭の影のMVP、狙ってます。」

(柊くんの、ちょっと意外な一面が見えたような……)

 

文化祭前(生徒会)

「文化祭が近づいて来たね!」

「みんなが満足してくれると嬉しいね。それが僕たち生徒会執行部の役目。」

「そうだね。トラブルなく楽しんでもらえるようにがんばろう!」

「正直な話です。あなたには言っておくよ。」

「ん? なに?」

「僕は文化祭当日よりも、この準備期間の方が好きかもしれない。」

「え?」

「祭りの前日みたいな、みんながワクワクしている雰囲気。僕たちはそれを裏方で支えている。」

「確かに、今が充実しているかも。」

「そうなんだ。もちろん当日も楽しみだけど。当日が来たら、もう終わってしまいます。」

「でも、出店の食べ物は当日しか食べられないよ?」

「それだね。準備期間が終わってしまうのは寂しいけど、屋台の焼きそばと交換条件なら仕方ないか?」

(生徒会執行部で一番文化祭の準備をがんばっているのは柊くんかも?)

 

文化祭前(学園演劇)

「学園演劇の準備、いかがですか?」

「うん。みんなで1つのものを作るのって楽しいね。」

「はい。僕もそれを教えていただきました。劇団での舞台づくりと同じです。」

「劇団はばたきの公演と、学園演劇が同じ?」

「一緒です。出演する人と舞台を作り上げる人が、思いを1つにすること。僕はそのことを皆さんに改めて教えてもらいました。」

「柊くんにそんな風に言ってもらえると、みんな喜ぶと思うよ。」

「本当のことです。だから、皆さんに恩返しできるように僕も全力で臨みます。」

(柊くんが全力で臨んだら、すごい学園演劇になりそうだな……!)

 

冬休み前

「もうすぐ冬休みだね。柊くんのご予定は?」

「冬休みはあっという間です。年末年始のご挨拶をさせていただいたら、もう、おしまいです。」

「そっか。ゆっくり寝正月なんて、柊くんにはありえないね。」

「寝正月というのは、寝ているだけ?」

「何もしないで、こたつとかでゴロゴロしてることかな。」

「素敵ですね、こたつ。僕も何とか時間を作って、寝正月に挑戦してみます。」

「えぇと……挑戦するようなものでもないよ?」

「いいえ、積極的に狙っていかないと、年末年始は時間が作れませんから。」

「計画的に寝正月をするって、柊くんらしいかも。」

「ええ、今年の冬休みは挑戦です。」

(少しでも柊くんがゆっくりできるといいな)

 

春休み前

「柊くん、春休みに何かしたいことってある?」

「僕は特別に、劇団運営をしながらはば学に通わせていただいてます。なので、進級できるかどうか、大切な時期です。何をしてても落ち着かない。」

「そっか。でもちゃんと出席して、勉強もがんばっていたから大丈夫でしょ?」

「そうですね。新学期にあなたと一緒に、またはば学に通えるのが楽しみです。」

「ふふっ、うん。」

「クラスが変わって、担任の先生も変わる。学校生活ならではの期待と緊張を味わえるのが、春休みの醍醐味ですね。」

「うん、そうだね。柊くんとお話すると、わたしも新鮮な気持ちで新学期を迎えられるよ。」

「この気持ちを共有できる、同級生という仲間。すごく大切なんですね。舞台にも活かせるかも……」

「劇団はばたきの青春時代劇?」

「ええ、今の僕ならできる気がします。でも、しっかり卒業してからかな?」

「うん、すごく楽しみ。応援してるよ。」

 

卒業前

「あと少しで卒業だね……」

「ええ、そうですね。色んな思いがあって、簡単には言葉にできない。」

「うん。柊くん、すごくがんばってた。」

「あなたもです。初めてで、わからないことだらけでしたが、あなたや友人たち、先生方のおかげでここまでやってこれました。」

「ふふっ。もう、卒業式みたいだよ?」

「少し早かった? ……でもね。一つの学校で、入学から卒業までできる。本当に夢のようだ。」

「そっか…… よかったね……」

「また、あなたがそんな顔をする。入学した頃から、あなたはいつもそうやって僕の話を親身に聞いてくれたね。」

「ただ聞いてただけだよ。」

「でも、あなたのその優しさに幾度も助けられました。 いけませんね。本当に卒業みたいになってきた。まだ、終わりじゃない。僕の成績だと留年かもしれないしね?」

「ふふっ、そうかもね?」

「あ、言いましたねぇ?ふふっ、その感じで、残りのはば学生活、一緒に楽しもう?」

(卒業…… やっぱり、寂しいな……)