ホタルの住処 氷室一紀

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恋愛

自分でも驚く、素直な感想

「……きれい。」

「うん……」

「変な感じ。」

「え?」

「いや……何かを見て『きれい』なんて素直な感想が出たの、自分でも少し意外で。」

「そうなの?」

「うん。今までは、たとえ心でそう思ってても、なかなか口には出せなかった。認めるのが悔しいような、恥ずかしいような気がして……けど、そんな感情は下らないものだって最近、気付けた気がする。君のおかげかな。」

「え、わたし?」

「そう。君はどんな感情も表に出すでしょ。」

「そ、そうかな……?」

「出してる。言ってるそばから。でも、それがいいと思った。純粋に。そんな君だから僕は――
……何言ってんだろ。そろそろ帰ろう、送る。」

(氷室くん……?)

 

未来のふたりは

「この光景って、いつまで見れるんだろ。」

「夏が終わるまで?」

「そうじゃなくて。ホタル、減ってるらしいから。」

「あ、そっか。」

「そう遠くない未来には、もう今みたいには見られないかも。」

「そうだね……」

「その頃の僕たちってどうしてるんだろ。」

「うーん。」

「ま、聞かれても困るか。僕だって、未来の自分なんて想像できないし。けど僕は……君がそばにいてくれたら嬉しい。」

「えっ。」

「またこうして一緒にホタル、見たいし。」

「……うん。」

「たとえホタルが見られなくなったとしても、君との時間は、ずっと続けばいいな……」

(氷室くん……)

 

必死で光る理由

「ホタルが光る理由って、オスたちがメスにプロポーズしてるからなんだって。」

「へえ……!」

「他にも理由はあったと思うけど…… 少なくとも、ここにいるホタルは求婚しているように見える。僕たちと同じ。」

「えっ?」

「気になる相手の目に留まりたくて、必死で光ってる。誰が一番きれいに輝けるかが勝負。少しでも手を抜いたら、負ける。――みんな手強いし。 僕だって負けるつもりないけど……ハンデあるのはちょっと悔しい。」

「氷室くん……?」

「なんのことかわかんないなら、それでいいよ。ただ、一見優雅に見えても、実は熾烈な争いをしてるかもしれないってこと。ホタルだけじゃなくて、僕たちもね。」

(なんだかすごいことを聞いてしまったような……?)

 

特別な存在?

「……あのさ。僕のこと、どう思ってるわけ?」

「え……?」

「あ……
 ――ごめん、今のナシ。」

「氷室くん?」

「……こんなふうにさ 二人きりの時間を許されると、勘違いしそうになる。君にとって僕は、他のみんなよりちょっとだけ特別なんじゃないかって。」

「あ、わたし……」

「いい! 言わないで。今は君の気持ち、聞きたくないから。 ……聞く勇気がないとも言うけど。 結局、今の関係が心地いいんだ。このままでなんていられないのにさ。だから、もう少しだけ猶予が欲しい。……いい?」

「猶予…… う、うん、わかった。」

「どうも。」

 

時間を共有すること

「……あのさ。」

「うん?」

「僕たち、なんだかんだ二人でよく出かけてない?」

「そうだね。それが、どうかしたの?」

「そう、どうかしてる。」

「ええっ!?」

「こんなこと、今までの僕じゃありえなかった。他人と時間を共有したり、何かを共感するなんて、面倒くさいし、その時間がもったいないって思ってたのに……
今は、楽しいって思ってる自分がいる。それどころか、『もっと』って欲張ってたりする。」

「それは……いいことなんじゃないの?」

「よくない。調子狂う。」

「あ、そう……」

「本当、らしくない。こんな他愛ない会話すら、楽しいなんて――
 ………… 」

「氷室くん?」

「うるさい。僕に、何してくれたの?」

(そ、そんなこと言われても……)

 

振り回されてばかり

「……面倒くさい。」

「なにが?」

「人間関係。」

「えっ?」

「他人に振り回されるのなんて、ゴメンだって思ってたのに。最近、振り回されてばっかり。」

「そうなの?」

「……しかも、本人自覚ないし。全部、投げ出せたらいいのに。」

「嫌なことなら、無理することないんじゃない?」

「好きだから困って―― ……なんでもない。とにかく、それは無理。隙なんか見せたら、かっさらわれるし。不本意だけど、この面倒な駆け引きに耐えなきゃならないのはわかってる。」

「じゃあ…… がんばってね?」

「ハァ……残酷。」

「ええ!?」

 

聞いてほしい独り言

「今からちょっと独り言いうけど。」

「う、うん。」

「相づちとか打たなくていいし、返事とかいらないから。」

「わかった。」

「……この頃、すごく緊張してた。君と会ったり、話したりするの。この前の……海辺でのこと、気にしてるかな、どう思ったかな、とか色々考えて。……後悔はしてないけど。でも、もし気にさせてしまったなら、それは失敗だったと思う。」

「そんなこと――

「独り言なんだけど?」

「う……」

「ま、僕が見る限り、君はいつも通りだったんだけど。……でも、もし本当に僕の気持ちが空回って、君を悩ませたり、傷つけていたとしたら……ゴメン。……それだけ。」

「うん……」

「だから、なんで返事してるの?独り言なんだけど。」

(怒られちゃったけど……氷室くんの本音、聞けた気がする)

 

君のせいで寝不足に

「この頃、寝不足。君のせい。」

「えっ! どうして?」

「この前、うちに来ただろ。……帰った後、君の匂いがした。」

「 !? 」

「それから、ふとした瞬間、君の匂いがする気がして……まるで、いつも君が僕の部屋に…… ああもう、本当に困るんだけど!」

「ご、ごめんなさい!」

「謝らないでくれる? 僕だって、八つ当たりだってわかってるんだから。子どもっぽいって思うし、そんな自分、嫌なんだけど、どうしていいのかわからない。」

「氷室くん……」

「……きっと、今日も寝不足。 今、感じてる君の匂い、部屋で思い出すだろうから。」

(なんだかすごいこと言われてるような気がする……)

 

カップルでも構わない

「ここなら、人の目を気にしないで済む……」

「えっ?」

「勘違いしないで。別にやましいことするわけじゃないから。今日の僕ら。おんなじ格好してただろ。」

「あ、そうだね。」

「そうだねって、恥ずかしくないわけ?周りからどう見られると思ってんの?僕らがカップルだって誤解されるかもしれないんだよ?……まあ、僕はかまわないけど。でも、君は女子だし。へんな噂、立ったら困るでしょ?……って、なんで僕が君の心配しなくちゃいけないんだよ。自分のことは、自分で面倒見てくれない?」

「ご、ごめん……」

「……で、どうなの?僕と噂が立ったら、困る?」

「そんなことないよ?」

「……本当に?じゃあ、また僕とおそろいの服になってもいいってわけ?」

「うん。」

「なんだ、僕と一緒か……」

「え?」

「なんでもない!ただその服、君に似合ってるからまた着てくればいいと思う。以上!」

(???)

 

隙があるから

「ホント、困る。」

「えっ、何が?」

「今日、知らない男に声、かけられてたでしょ。ああいうの。隙があるからナンパなんてされるんだよ。自覚ある?」

「えぇと……」

「その様子だと絶対にないな。そりゃ僕には、君の交友関係に口出す権利なんてない。けど、ああいった輩は危ないでしょ。僕が来たからよかったものの、ひとりだったらどうするつもり?」

「えぇと、気をつけます……」

「君が気をつけてどうにかなる問題じゃない。」

「えぇ?じゃあ、どうしたら……」

「男除けが必要なんじゃない?君の隣に男がいたら、さすがに声なんてかけてこないでしょ。」

「そっか。でも、誰が……?」

「僕でいいでしょ。今日みたいに、君に群がる男がいたら僕がいなす。誰も君の隣なんか歩かせない。絶対に。」

(氷室くん、目が怖いよ……?)

 

悩みの種はプレゼント

「自分が嫌になる……」

「えっ、どうして?」

「男らしくない。」

「そんなことないよ?」

「そんなことある。……まだ、アレでよかったのか、悩んでいるし。」

「アレ?」

「……君にあげた誕生日プレゼント。君は喜んでくれたし、あの言葉は嘘じゃないってわかってるけど……本当はもっといいプレゼントがあったんじゃないかって。決める時も、散々迷ったし、他の最終候補も悪くなかった。そっちをあげたら別の反応、見られたかも知れない……けれど、それがいい反応かどうか謎だし。そもそも、君を喜ばせることが目的なのに、喜ぶ顔が見たいって願望にすり替わってる。」

「氷室くん――

「あ、何も言わないで。どんな言葉かけられても、かえって自己嫌悪、陥りそうだから。はあ……本当、嫌になる。こんなの僕らしくない。」

(氷室くん……一生懸命、選んでくれてたんだな……)

 

思い出すのは、出会いの日

「キレイだな……この光景、一生忘れられないかも。」

「うん。夏が来るたびに思い出しそうだね?」

「……それを言うなら、春。僕は君との出会いを思い出すよ。」

「え……?」

「僕の、入学式の日のこと。君にとって、印象悪かったでしょ?」

「あ、えぇと……」

「別に取り繕わなくていいよ。自分でもわかってる。けど、あの時は本当に余裕なくて、溜まってた苛立ちを、偶然現れた君にぶつけたんだ。」

「……うん。」

「でも、僕たちの出会いは一度きりしかなくて、最初の印象をずっと、それこそ一生、抱くのなら……正直、失敗したと思う。」

「氷室くん……」

「……はぁ。時が戻るならやり直したい……」

(氷室くん……そんな風に思ってたんだ……)

 

ナスに足をつけるあれのこと

「ホタルの光って、死者の魂って言われてるんだっけ。」

「うん、そうらしいね?」

「これだけ自由に飛び回れるなら、ナスやキュウリに乗る必要なんてないのにな。」

「ナスやキュウリ?あ、それってお盆に準備する……?」

「そ、精霊馬のこと。ナスに足つける意味、わからない。」

「そんなに嫌い?」

「前も言ったけど、嫌いって次元の話じゃない。食べる神経がわからないだけ。」

「うん、わかった。」

「……僕のこと、子どもっぽいって思ってるでしょ?」

「……どうかな?」

「う……」

「美味しく料理したとしてもダメ?」

「それって、君が料理するの?」

「うん。」

「君の手料理………… …………されど、ナス。」

「やっぱり、ナスは嫌い?」

「…………嫌い。」

(ふふっ。氷室くんの本音、聞けちゃった♪)

 

何かいいことあった?

「最近、母さんに『何かいいことあった?』って訊かれるんだ。」

「へえ!実際にあったの?」

「最初は、何も思い当たらないから適当に流してたんだけど……よくよく考えてみたら、それを訊かれる日は毎回、君と遊んだ日だったんだ。」

「えっ!」

「そんなこと言われるの今までなかったし、顔に出してるつもりなかったんだけど……  ……不覚だった。」

「お母さんはすごいね?」

「僕が思うに、すごいのは母さんじゃなくて君のほうなんだけど。」

「え、わたし?」

「うん。たしかに、細かな変化に気づく母親がすごいのも事実だけど……そんなことを指摘されるほど、僕を浮かれさせたのは君なんだよ。」

「氷室くん……」

「この調子じゃ、今日も帰ったら言われるだろうね。」

(ふふっ、氷室家の一面を知れたような気がする……!)

 

家系が嫌いなのは誤解

「……もし、君が誤解していたら訂正しておきたいことがあるんだ。」

「なに?」

「『氷室』のこと。君は、僕がこの家系を嫌ってると思ってない?」

「違うの?」

「うん。むしろ逆。誇りに思ってる。こんなことを言うのも変だけど……たしかに、みんなが言うように僕らの家系には、お堅くて、融通きかなくてロボットみたいに見える部分があると思う。でも、それは人一倍責任感があって、正義感が強い証拠。……なんだと思う。父さんやレーイチさんを見てるとそう思えるからさ。」

「うん。」

「その度合いが、人よりも少し強いから面倒に思われたりするけど……いざっていう時、父さんもレーイチさんも、周りの人からすごく頼られるんだ。かっこいいよ。僕もああなりたい。」

「氷室くんなら、なれると思うよ?」

「……あ、そ。ま、お堅く見えすぎるところは似たくないけどね。」

(氷室くん、なんだかんだおうちのことに誇りを持ってるんだな……)

 

恋愛の悩み

考えているのは、あの人のこと?

「……今、何考えてる?君とよくいる、あの人のこと?」

「え?」

「本当はわかってるくせに。今日だって、本当はあの人と来たかったんじゃないの?」

「そんなことないよ!」

「あ、そ。ま、口ではどうとでも言えるよね。」

「氷室くん……」

「……ごめん。また、君に当たった。何やってんだろ。こんなんじゃ、いつまで経っても一番になんかなれないってのに。多分、焦ってるんだ。」

「焦る……?」

「君と出会うのが一年遅かったから。僕が望む関係を築くのに、時間が足りない、ってこと。この先、もう一年 君といられる時間が延ばせたらいいのに……」

(氷室くん……)

 

イチャイチャしないで

「あのさ……こんなとこで言うの、フェアじゃないってわかってるけど。あんまり見せつけないでくれない?」

「え、何を?」

「よく、イチャイチャしてるだろ。……みっともない。」

「ええっ!」

「もしかして、自覚してない?周りがどう思うか考えたこと、ある? そもそも、公共の場で二人の雰囲気出すのってどうなの?君、男を見る目、ないんだよ。」

「ええっ!」

「僕ならもっと、節度あるつき合い方をする。それで、こんな風に周りから悪く思われない良い関係を築く。」

「う、うん。」

「だから、君は早く僕と――

「……僕と?」

「知らないよ!」

「ええっ!?」

「とにかく。周りを少しは意識すること。誰がどんな風に君らのこと見てるかなんてわからないだろ。」

「うん、そうだね……」

「こうして、嫉妬でイラついてる人間が他にもいるかもしれないんだから。」

(氷室くん……?)

 

もしかして飽きた?

「……飽きたわけ?」

「なんのこと?」

「この頃、距離感じるから。」

「えっ。」

「僕じゃなくて、他のヤツと仲いいだろ。」

「……もしかして――

「いい、言わないで。君の口から、その人の名前聞きたくない。けど、やっぱり頭に浮かぶ人がいるってわけだ。」

「氷室くん……」

「……いい?覚えておいて。これは、今、君の隣にいる男への宣戦布告であり、自分への決意表明。」

「う、うん。」

「今は、負けを認めるけど、最後までその場所を譲り続ける気はさらさら無い。必ず、取り返す。その場所も、気持ちも。 だから、覚悟して。……今のは君へのメッセージ。」

「えっ!?」

(氷室くん……?)

 

自分に足りなかったものは

「……何が足りなかったんだろ。」

「え?」

「いい感じで関係、作れてたのに、気づいたら遠巻きに眺めてる。君は、僕と一緒にいる時より楽しそうだし。」

「そんなこと――

「そんなこと、ある。だから今、あの人が君の一番近くにいるんだろ。最初、そのポジションを取られた時は 何が何でも取り返してやる、って思ってたけど…… 二人の楽しそうな様子見てたら、自分の行動が果たして正しいのか分からなくなってきた。ねえ、君は……どうしてほしい?」

「え?」

「僕に邪魔してもらいたくない?それとも、僕とまた以前のような関係になりたい?」

「わたしは…………」

「………… ――プッ。」

「えっ!?」

「ごめん……君があんまりにも苦しそうな顔してるから。」

「もうっ!そりゃ、そうだよ……」

「うん、わかってる。でも……嬉しかった。僕のこと、まだ未練ありそうな顔してたし。」

「う……」

「そうとわかれば、大人しく引き下がってなんかいられないね。僕のこと焚きつけた責任、きちんととるように。」

(わたし、スイッチ押しちゃった……?)

 

策略にハマってる

「……君も、思うツボだよね。」

「えっ、何のこと?」

リョータ先輩。まんまとあの人の策略にハマってる。」

「ええ?」

「わからない?あの人、怖いくらい君に執着してる。特に、僕ら男に対する牽制の仕方なんて見苦しいくらい。」

「そ、そうなの……?」

「そうだよ。ま、それほどまでして君を手に入れたいって証拠でしょ。そうなる気持ちはわかるけど。」

「えっ。」

「……にしても、あそこまで敵意をむき出しにされると、かえってやりやすいよ。宣戦布告と受け取って、僕も本気でいくから。君も覚悟しといて。」

(なんだか、すごい宣言されちゃった……)

 

つい浮かぶ疑念

「……ダメだ。」

「え、どうしたの?」

「今日一日、ずっと考えないようにしてたけど、ここまで来ても頭から離れない。君の言動1つひとつに疑念が浮かぶ。」

「疑念って……?」

「ノゾム先輩のこと。あの人と今……上手くやってるんでしょ。以前、僕と一緒にいた時みたいに、さ。」

「それは……」

「……ごめん。嫌な言い方した。けど、僕もそういう状況だってのはわかってるんだ。もう君の中で、ノゾム先輩は僕よりも大きな存在になってるだろ。」

「氷室くん……」

「そりゃ、そうだよね。ノゾム先輩ほど、気持ちのいい人いないもんね。ある意味、僕と正反対かも。人当たり良くって、人付き合いも上手で正直で……かっこいい。はぁ、もっとダメな人とくっついてたら文句も言えるのにさ。」

「もう……」

「……でも、勘違いしないで。これは敗北宣言とかじゃないから。正反対ってことは、ノゾム先輩にはないものが僕にはあるってことだろうし。こうして、僕とここにいるってことは少なからず僕にもチャンスがあるってことなんでしょ。負けず嫌いなところだけは、ノゾム先輩と似てるんだ、僕は。」

(氷室くん、真剣な表情……)

 

ズルい先輩

「夜ノ介先輩って、ズルい。」

「……急にどうしたの?」

「抜けてるくせに、さらっと欲しいもの、取ってくから。……ああ、でも僕たちの前だけか。あんなフワフワしたとこ見せるのは。うっかりしてた、僕の落ち度。」

「氷室くん?」

「……たしかに大人っぽくて、魅力的だよね。僕だって、夜ノ介先輩みたいに、自分ってものを持ってる人、憧れるし。君が惹かれても、仕方ない。だから……隣、許したんでしょ?」

「え?」

「この頃、夜ノ介先輩と一緒のとこ、よく見るから。」

「あ……そうだよね。」

「少し前まで、その場所は僕のだったはずなのに……」

「氷室くん……」

「正直、あの人に勝てるのか?って思うと、あんまり自信ない。けど、あの人に譲る気もない。そういう遠慮、夜ノ介先輩すごく嫌がりそうだしね。だから、僕も向き合ってみる。それを伝えたかった。」

「うん……」

(氷室くんの真剣な思いがすごく伝わってきたな……)

 

先生の大人の魅力

「大人の魅力ってヤツ?」

「え?」

「小次郎先生のこと。教師に憧れるって、よくあることらしいし、加えて小次郎先生、生徒と距離、近いし。僕からしたら、無邪気すぎて弟の面倒見てるような感覚になるんだけど。ま、そのギャップがウケるんだろうね。君もそのクチだろ?」

「それは……」

「隠さなくてもいいよ。総合的に見て、君は今、小次郎先生とたくさん過ごしてるんだから。」

「う、うん……」

「でも、僕は小次郎先生に負ける気、ないから。むしろ、小次郎先生が、君の隣奪ってくれてよかったよ。」

「え……?」

「中途半端な存在にとられるくらいなら、自分よりずっと年上で、大人のほうが納得いく。今の自分に甘んじず、さらに成長できるし。だから、大人になった僕に期待して。」

「う、うん。わかった。」

「今の言葉、忘れないで。約束だから。」

(なんだか、すごい約束しちゃったかも……)

 

デートの定義とは

「……あのさ、デートって楽しい?」

「急だね。うん、楽しいと思うよ?」

「それってさ、友だちと遊びに行くのと、どう線引きするわけ?」

「うーん……」

「じゃあ、今日のはデート?」

「えぇと……たぶん。」

「でも、つき合ってるわけじゃない。デートの定義ってなに?」

「ううーん……」

「ま、答えは人それぞれだと思うけど。そもそも、個人の価値観なんて共通しないんだから、人と一緒にいても気疲れするだけ。たまに一部が合ったとしても、ごく稀で 長時間共に過ごすなんて面倒。けど、人はデートを楽しむし、価値観の違う相手に惹かれもする。……どうなってるわけ?」

「む、難しいね。」

「ホント、難しい……」

(こんなに悩んでる氷室くん、ちょっと珍しいかも……?)

 

「恋」について

「この頃、『恋』について、ちょっと考えてる。」

「えっ!? どうして?」

「別に?単に興味が出たから。でも、よくわからない。どんな恋をするかも人それぞれだし。そもそも表現としてさ 落ちたり、溺れたり、狂ったり? なんか穏やかじゃない。」

「そうかも……」

「でしょ?だから避けてきた。今まではね。」

「え?」

「そろそろ、ちゃんと向き合わないといけないかもね。参考になる本とかないかな……」

「恋愛のハウツー本みたいな感じ?」

「なんか胡散臭いな。でも何もないよりましか……」

(氷室くんが恋愛に向き合う……なんだかすごいこと、聞いちゃったかも?)

 

友人

女子が噂するふたりの先輩

リョータ先輩も、ノゾム先輩もモテるよね。女子が噂してるの、よく聞く。ま、スタンスは違うけど。」

「? どういうこと?」

リョータ先輩はモテること自覚してるけど、ノゾム先輩は無自覚でしょ。でも……僕からすると、あの二人はよく似てる。二人とも、好きなものに対してすごく正直。……うらやましいくらい。」

「氷室くんは違うの?」

「僕?全然違うよ。僕は好きだからって、あんな風にまっすぐ向き合えない。距離を置かないと、自分を見失いそうで怖いし。……けど、そんなこと言ってたら僕はあっという間に置いていかれるんだろうな。」

「置いていく……?」

「この関係がいつまでも続くとは思えないからね。その時がきたら、君にもきっとわかるよ。」

(氷室くん……?)

 

信じられない組み合わせ

「この頃、やけににぎやか。」

「みんなでいるから?」

「そ。君と僕。そしてリョータ先輩とノゾム先輩。ちょっと信じられない組み合わせ。」

「そうなの?」

「当たり前だろ。君がいなきゃ絶対接点ないよ。だからこそ、君には感謝かな。あの二人と知り合えたから、僕の世界が広がった。新しい価値観を知ることができた。……そんなこと、リョータ先輩やノゾム先輩には言わないけど。」

「ふふっ。」

「きっと、中学の頃の僕が見たら、びっくりする。なに、バカなことやってるんだって。」

「えっ、なんで?」

「非生産的だからね。……でも、楽しい。すっごくナンセンス。ずっとこの関係が続いていけば……って思ったりもする。」

「きっと続くよ。」

「どうだろう? それはそれで困るかもよ。」

「え……?」

「わかんなくていい。今はモラトリアムを楽しもう。」

(モラトリアム……氷室くんはわたしたちが一時的な関係だって思ってるのかな?)

 

クラスの担任よりも仲よく

「ハァ……まったくワケわかんない。なんでうちのクラスの担任より、小次郎先生と仲良くなってんだろ?」

「本当だね?」

「でも、先生らしくなくて放っておけない。大きな弟って感じ。」

「ふふっ。」

「夜ノ介先輩がいてよかった。僕ひとりじゃ、対処しきれない。」

「二人と仲いいよね。」

「そう? ……ま、そうか。 二人とも、僕にはない価値観で生きてるから。尊敬もするし、見習おうとも思う。……ま、見習いたくない部分や、見習えない部分もあるけど。まさかこんな経験ができるなんて……高校ってすごいとこかも。」

「誰もができることじゃないかもね。」

「たしかに。だったら、僕は運がよかったんだ。……君とも知り合えたし。」

「えっ?」

「なんでもない。……さ、そろそろ帰ろう。」

(氷室くんも、充実した高校生活を送れてるみたい)

 

牽制と協力

「いい年した大人と、高校生がなにやってんだか。」

「え?」

「僕と小次郎先生、夜ノ介先輩のこと。牽制したり、協力したり、こうやって抜け駆けしたりしてる。」

「牽制? 抜け駆け?」

「そ。君にはわかんないだろうね。」

「……どうして?」

「そんなさみしそうな顔されてもね……男同士でしかできない話ってのもあるでしょ。」

「うらやましいな。」

「ま、僕も二人との関係は少し自慢したいかな。そう長くは続かないだろうし。」

「えっ……どうして?」

「男にしかわからない話。」

「また?」

「いいんじゃない? 今は男と女で区切ってるけど、それぞれわからない話、あると思うし。今、君と僕が話していることを、小次郎先生たちがわからないようにさ。」

(たしかに、そうだけど…… 何か引っかかるな……)

 

親しくなるコツ

「君って学校生活楽しそう。」

「え、どうして?」

「友だちたくさんいるし、色んな人に囲まれてるの見かける。男子でも仲のいいヤツ、いるでしょ。性別の枠越えて親しくなるコツって、あるわけ?」

「ええっと……」

「その様子だと、無意識にってとこか。……うらやましい。」

「女子の友だちが欲しいの?」

「そういう意味じゃない。人と上手くつき合えることを尊敬してるだけ。だいたい、下手に異性の友だち作ったら、色々面倒くさそう。君は上手くやってるけどさ。……いや、前言撤回。一概に上手くいってるとは限らないな。」

「えっ!?」

「へんに自覚しないことが、もめ事を起こさないコツなのかも。」

「ええっと……?」

「単なる独り言。反応しなくてもいいから。」

(き、気になる……)

 

君はまるで女王様

「君って、まるで女王様。」

「えっ。どういうこと?」

「たくさんの男に囲まれてる。」

「ええっ!?」

「仲いい男子、5人はいるだろ?ま、君の意思というよりは、周りが君といたいからだろうけど。」

「それはうれしいけど……」

「……そう考えると、君は花なのかも。蜜の匂いに惹かれて、蝶や蜂が寄ってくる感じ。みんな、君の上でひと休みして、わいわい騒いでる。となると……君は花じゃなくて井戸かも?」

「い、井戸?」

「井戸端会議って言うだろ。騒ぐ僕らが水を求めつつたむろするなら、君が井戸。」

「えぇと、花のほうがいいかな。」

「ははっ、そう?でも、そんな感じ。これからも、僕らに場を提供して?よろしく。」

(女王様に花に井戸……か。氷室くんからそんなふうに思われてたなんて……)

 

友だちになりたい

「この頃、クラスのヤツらがやたら話しかけてくる。」

「へえ!氷室くんと友だちになりたいんじゃない?」

「友だち……ね。」

「えぇと、興味なさそうだね?」

「ない。そもそも友だちって、作ろうと思って作るものじゃないし。気づいたらなってる。そういうものでしょ?」

「そうかな……?」

「少なくとも、僕はそう。たくさん友だちを作れば勝ち組みたいな風潮あるけど、ナンセンス。広く浅いつき合いなんて、本当に困った時、助けてもらえない。友だちは、大事にできる範囲で、親身になれるひとだけでいい。」

「そっか。氷室くんはそう考えるんだ?」

「そ。いろんな価値観あると思うけど、僕にとっての友だちは今言ったとおり。……なのに、クラスのヤツらがしつこくて根負けしそう。みんな、何企んでるんだろ。」

(そんな疑わなくてもいいのに……)

 

ひとりが好き

「……知ってると思うけど、僕はひとりでいるのが好き。」

「う、うん。」

「ま、君といるのは、またちょっと違うけど。でも、人に合わせるのって、疲れるからやりたくない。そんなこと言うと、寂しいヤツって言われるけど、ひとりが好きなのと友だちがいないのはイコールじゃない。本当に友だちなら、相手を尊重すべき。騒ぎたいって気持ち、押しつけられるのはごめん。」

「そうだね。」

「ま、僕だって、最低限の付き合いくらいはできるけど。お互いが、相手のことを尊重できたら、きっといい関係が作れると思う。したいこと、つき合えることのタイミングが合うって言うのも重要。友だちにするなら、そんな相手がいい。ま、なかなかそういう相手には巡り会えないけど。」

「だからこそ、出会ったら大事にしないとね?」

「ま、ね。きっと、つき合い長くなるだろうし。……って、何の話してたんだっけ。」

(ふふ、氷室くんの友だち関係に対する考え方が聞けてよかったな)

 

お楽しみ

ホタルは死者の魂

「ホタルって、よく死者の魂って言われるの、知ってる?」

「聞いたことあるかも。」

「あんなふうにふわふわ飛んでるなら、黄泉の国にも自力で辿り着けると思わない?」

「……えぇと?」

「わざわざ茄子に乗る必要、ないだろ。……キュウリもワケわかんないけど。っていうか、なんで茄子に足をつけるわけ?意味わかんない。」

「あ、お盆に飾る野菜のこと?」

「そう。精霊馬のこと。」

「嫌いなの?」

「嫌いって言うか、謎。だから、触れたくない。まあ、茄子は食べもののくせに黒いし、炒めると紫をまき散らすし、なのに中身は白いから存在そのものが嫌だけど。」

「茄子が嫌いなんだ?」

「嫌いじゃなくて苦手。言葉は正しく。だいたい、なくても生きていけるし。茄子なんて。」

「キュウリは?」

「茄子よりは許す。でも、基本野菜全般は好きじゃない。……食べるけど。」

(ふふ、氷室くん、野菜が苦手なんだ)

 

かつて書いていた日記

「こんな景色見ると、日記に書きたくなる。」

「日記、書いてるんだ?」

「書いて『た』。」

「過去形?」

「今は書いてないから。」

「やめちゃったの?」

「やめたよ。なんか……『氷室』っぽいなと思って。」

「え?」

「その日のできごとをきっちり残すのって、『氷室』っぽいでしょ。」

「そうかな?じゃあ、ほどよく手を抜いたら?」

「それはそれで、収まり悪くて落ち着かない。まあ、書き残しておくと、後から確認する時、便利だけど。だからこの頃は、記憶力鍛えてる。日記に記す代わりに、覚えとこうと思って。」

「今日のホタルも?」

「うん、覚えておくつもり。どんなに綺麗だったかとか、どんな気持ちになったかとか。誰とも共有する気、ないけど。」

「そっか……」

「なに、その寂しそうな表情。君とは今共有してるでしょ。それで、十分。」

「そうだね。」

「そ。だから、君も覚えてて。」

「うん……!」

(忘れないよ、氷室くん)

 

サーフィンが好きな理由

「……僕ってけっこうサーフィン、好きなのかもしれない。」

「え?」

「始めたきっかけは偶然だし、いつかは飽きるんだろうなって心のどこかで思ってた。でも、波に乗る感覚とか、身体に感じる風とか、輝きながら流れていくしぶきとか……いつの間にか僕の一部になってる気がする。誘われたのがサーフィンじゃなかったら、こんなにハマってないと思う。」

「そうなんだ。」

「ま、単にサッカーとか野球やってる自分が想像できないだけだけど。野球に誘われてたら、どうなってたかな……」

「甲子園、目指してたとか?」

「想像できないな。それはもう僕じゃない気がする。」

「そんな氷室くんも見てみたかったけどな。」

「あ、そ。けど、泥まみれになるよりもずぶ濡れになるほうがいいな。泥だと汚れ、落ちにくそうだし。」

「ふふっ。」

「あと……上下関係、厳しそう。それはちょっとごめん。やっぱり、サーフィンが……海が好きだな。広々として自由だから。」

(ふふ、好きなことを語る氷室くん、いい顔してるな……)

 

もしも同学年だったら

「もしも、君と僕が同学年だったら、どんな関係だったんだろうな。」

「うーん……」

「ま、案外今と変わらないかもね。でも、たまに感じる劣等感とかはなくなるのか……」

「え?」

「あと、今よりもう一年長く一緒にいられる……」

「氷室くん……」

「いや、もしもの話をするなら、僕が年上だっていう想定もいいかも。偉そうにできるし?」

「氷室くんは今も十分偉そうじゃない?」

「言うね。でも、そうだな……年上だと一年早く卒業しなきゃならないから、それはそれで嫌かも。今も見送らなきゃなんないけど……」

「寂しい?」

「答えたくない。ま、身構えてるより、何てことないのかもしれないよ。」

(そう言われると、わたしのほうが淋しくなっちゃうな……)